HELLO WORLD(ハロー・ワールド)

HELLO WORLD BD

2019年
時間 98分
監督 伊藤智彦

2027年の京都。高校生の堅書直実は本好きな内気な少年。そこへ青年姿の未来の自分が現れ、ここは記録データで構成されている仮想世界で、10年後の"現実世界"から過去の記録にアクセスして来たと言う。未来の自分の目的はこれから直実の彼女になる一行瑠璃の命を助けること。直実は未来の自分から記録の一部を書き換えるアイテム「神の手(グッドデザイン)」を渡され、それを使いこなす訓練を受けて瑠璃の命を守ろうとするのだが…。

「HELLO WORLD」見てきました。SFアニメという情報だけで映画館へ足を運んでみたのですが、見てよかった! 面白かった! 何よりも思っていたよりはるかにSFで、それもガチの本格SFで、もうSF好きにはウッハウハ!の作品でした。ただその分、SF慣れしてなくて最近よくあるボーイミーツガールを期待された方には「???」になるかもしれませんが…。

仮想世界のお話です。これは冒頭の導入部分から「もしかしてデータの世界?」と示唆する描き方になってるし、話が始まって早々に未来の自分が現れて仮想世界(バーチャル世界)であることを告げますからネタバレには相当しないとの判断で書いております。仮想と聞けば「マトリックス」を連想するかもしれませんが、今作の直実はデータのみの存在で実体は持ってないところがちょっと違います。小説ならスタッフも参考にしたと言うグレッグ・イーガンの「順列都市」がイメージに近いですね。

京都市では2020年から都市で起きた事象を全て記録する量子記録装置アルタラが稼働していた。直実はSF好きでイーガンも愛読してるので、自分が実はアルタラの中の記録データだと言われてもけっこう素直に順応(イーガン好きなら実はこの世界は仮想現実では…と一度は夢想するので気持ち分かるわ^^;)。直実は未来の自分を「先生」と呼んで区別をつけることにする。修行シーンは本当に先生と生徒みたいでなかなか。「神の手」は石でも惑星でも何でも創り出せる仮想ならではのアイテムだが、複雑なものは計算処理に時間がかかる・複雑過ぎるものは出せないという制限があるのもイーガンぽくてよい。

でも瑠璃が死ぬ記録を死なない記録に書き換えても、現実が変わるわけじゃないし意味ないんじゃないの? しかし「先生」は記録の中だけでも瑠璃が生きていてくれたら嬉しいと言うのだが…。

パソコンにウイルスソフトがあるように、アルタラにも改竄を防ぐ自動修復システムがある。狐顔のシステムが介入してくる様子はアニメならではの見どころですね。「神の手」vsシステムのバトルアクションは見応えあります。ストーリーも二転三転しておおっと言わせてくれますが、パンフレットがしれっとネタバレしてるのにはご注意。パンフを買う場合は必ず映画を見てから開くべし。

<ネタバレ>

「先生」が現れたのは瑠璃が直実の彼女になる前。そのためこれから起きる出来事を全部知ってる「先生」の指導の通りにアプローチする直実ですが、内気で周りに動かしてもらうタイプだった直実がだんだん「先生」のシナリオを離れて自分の意思と努力で瑠璃を好きになっていくんですよね。直実がシナリオに逆らって「神の手」を瑠璃の祖父の本のために使っちゃうところは感涙。この頃から少しずつ直実は「先生」の"記録"ではなくなって直実自身を生きるようになっていったのでは…。

システムとのバトルの末、ついに瑠璃を守り抜いた直実。しかしここから衝撃のどんでん返しが始まります。瑠璃は実は死んだのではなく脳死だったこと、瑠璃の脳を生き返らすためには落雷を逃れた瑠璃のデータが必要で、直実は「先生」に利用されただけだったこと、しかし"現実"で蘇生した瑠璃をシステムが襲いに来て、"現実"だと思っていた「先生」の世界も実は仮想世界だったこと──。

「先生」は最初のどんでん返しの時には「うわっ悪者!」と思えたけど、彼が辿ってきた道と年月と瑠璃への想いを知ると、だんだん憎めなくなってきて感情移入してしまう。世界が壊れかけて彼も気付く。直実はもう過去の自分の記録ではない。直実は直実の人生を生きてる。直実を新しい世界に生かすために「先生」は瑠璃を直実に返す。気がついたら「先生」の決断に感動してて、2027直実の視点で見ていたはずなのに、いつの間にか2037「先生」目線になって物語を見ているというマジック。だがこれがラストになってきいてくる。

今作では仮想世界の上に仮想世界があり、更にその上に現実世界があるという三層構造がSFらしくて嬉しいです。

第一層:現実世界。2038年より未来。
第二層:現実のアルタラが構築する仮想世界(2038年)。
第三層:第二層のアルタラが構築する仮想世界(2027年)。

パンフでも言及されてたとある映画にも似たような構造が出てくるのですが、最後のオチのつけ方は違ってますね。暴走したアルタラの強制終了で生じたビッグバンで直実(2027)の世界は新しい平行世界になって存続(だからHELLO WORLD)(*、そして「先生」は"本当の現実"に戻った。

"本当の現実"で植物人間になっていたのは直実の方で、彼を蘇生させようと頑張っていたのは瑠璃の方だった。「男の子が女の子を助ける話と見せかけて、実は女の子が男の子を助ける話だった」というみごとな逆転劇! 直実たちを導いていたカラスが瑠璃だったのですね。いやー、感動しましたー、"本当の現実"が何処だったのか?についてもSFらしい終わり方でよかったし。ラストのオチも含めて自分の好みに合っていて楽しませてもらいましたー。

(*:直実の世界が新しい世界になった件については「順列都市」塵理論を参考にしていると思われます。個人的には、街が崩れていくシーンも含めて、今作はイーガンの「順列都市」を形を変えてアニメ化してくれた感もあって、それも嬉しかったです。

余談:物語と多層世界

途中の描写で個人的に気に入ったのが直実が本好きな設定。私も本好きだから。瑠璃も本好きで、彼女の家の蔵には瑠璃の祖父が残した古本が山のようにあった。本好きにはパラダイス過ぎるシーン。古本イベントもよかった。これもあって直実たちにより親近感を持てたのだと思いますが、実は「本」も今作のキーワードになっている気がします。

考えてみれば本で描かれる物語も仮想世界と言えますよね。感情移入して物語の中に入り込めば、読者の頭の中でその世界は本物になる。映画やアニメも然り。となれば、私たちが映画を見ている世界が最上位の現実世界で、その下に月の世界(「先生」が目覚めた世界)があり、その下に2037年「先生」の世界、その下に2027年直実の世界ということになり、実は三層ではなくて四層になっていると見ることも出来る。更に直実の下に直実が読んでいる本の世界があって、本の中には劇中劇で更に下の層を掘っているものもあるので、四層どころか五層、六層、果てしなく層が続いていると見ることも出来る。そうなると私たちの世界が最上位であるという根拠もなくなり、実はここも仮想ではないか、この上に更に世界があり、その上にも世界があり…と世界は無限の層で成り立つ多層世界だという考え方も出てくる。こういう解釈の遊びが楽しめるのもSFの面白いところなのです。

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