猿の惑星: 新世紀

2014年
時間 130分
監督 マット・リーヴス

「創世記」から10年、人類は猿インフルエンザで壊滅状態にあった。シーザーは国定公園奥の森で猿の村を作り平和に暮らしていた。そこへ生き残った人間がダムの発電所を動かしにやってくる。シーザーは人間と話し合うが、人間を憎むコバはシーザーのやり方が気に入らない。人間のマルコムはシーザーを理解するが、コバが扇動して人間との戦争が勃発。猿と人はわかり合えるのか?

リブート「猿の惑星」シリーズ2作目。今作でもシーザーがイケメンでかっこいい。「知」を会得したシーザーたちは道具を使い狩りをし、馬を乗りこなし、言葉も手話を交えながら声に出しての会話もあり、動物からステップアップした知的生物の暮らしになりつつあります。シーザーは父親になり2人目の息子も産まれて平穏な日々を送っていたのに、人間がやってきたことで波乱が。

今作の鍵はコバですね。コバはジェネシス社の研究所で実験に使われていたので人間を憎んでいる(この辺は「創世記」参照)。シーザーに助けられたことでシーザーに従いシーザーの片腕みたいになっていたが、コバの人間への憎しみは深く、その恨みは簡単には癒えない。一方シーザーは人間に育てられ人間の愛を知っている。それ故信用出来ると見た人間には心を許すが、コバはそこだけは受け容れられない。虐待する人間しか知らないコバの憎しみは哀しい。

人間は猿インフルエンザでほぼ壊滅し文明も崩壊状態だけど、数は少ないけど生き残った人たちもいます。ロサンゼルスの一角に集う生存者たちは電気が欲しい。だが発電所はシーザーの統治領域内にある。さあどうする?というところですね。なお今作には前作のウィルたちは出てきません。代わりに人間側の主人公になるのがマルコム。人間の主人公が交代するのはしかたない、これは人間の物語ではなくシーザーの物語ですから。

今作は単体SFとしても立てた前作とは違って完全に3部作の1つになってます。内容もSFよりは考え方の違いによる闘争、そこに絡むドラマが中心になってますね。

<ネタバレ>

シーザーの森へ人間がやって来たことで、シーザーとコバの考え方の違いが表面化する。シーザーは戦いをしたくないが、コバはこの機会に人間への恨みを晴らしたい。コバの間違いは猿のためと言うよりは私怨になってしまったことですね。そして私怨のためにボスになろうとしたこと。マルコムに発電所起動を許可したシーザーといったん一騎打ちになるが、この時は負けてボスの座は奪えなかった。猿の社会では負けた者はボスに従わねばならないのだろう。従いたくないコバは禁じ手に出てしまった。「猿は猿を殺さない」を破ってしまった。

シーザーを狙うのはまだ分からなくもないが、アッシュまで手にかけたのではもうあかん。恐怖支配の独裁者まっしぐらです。マルコムたちに助けられ一命を取り留めたシーザーは改めてコバに挑む。ボスの座を賭けたシーザーとコバの最終決戦は見どころです。崩れゆくタワーの中で猿ならではの立体アクションが豪快。「猿は猿を殺さない」の掟を破ったコバは「お前はもう猿ではない」とシーザーに宣告されて落ちることになるのですが…。

でもシーザー勝って良かったねと思いながらも、コバに哀しさを感じてしまうのは何故だろうか。コバがああなったのも結局は人間の虐待のせいだと思うからか、策略を巡らし仲間を裏切る行為に「人間と同じになってしまった」と思うからか…。

シーザーの育った家が出て来たのにはウルウルしました。ウィルはいないけど、あの家がシーザーを優しく匿ってくれたような気がした。コバ派で父に反発していたシーザーの息子もあの家でシーザーと和解する。人間の良い面も悪い面も等しく知るシーザーはまさに平和の鍵。しかしシーザーとマルコムは互いに分かり合えたのに、コバの扇動と人間が軍隊を呼んだことで猿と人間の戦争が避けられなくなった。

このリブートシリーズは地球が猿の惑星になっていく過程を描いたものだから、こういう展開になっていくのは仕方ないのですが、個人レベルでの猿と人の交流が良かったのでそこが切ないですねえ。