サイボーグ009
年 | 1966年 |
---|---|
時間 | 64分 |
監督 | 芹川有吾 |
レーサーだった島村ジョーはブラックゴーストに拉致されてサイボーグ009に改造される。ジョーはサイボーグ001~008の8人の仲間、ギルモア博士と一緒にグラックゴーストの幽霊島から脱出をはかり、世界の平和のためにブラックゴーストと戦う。
石ノ森章太郎の漫画「サイボーグ009」の最初の映画化作品。これは映画館では見ていません。この時期は私もまだ幼くて映画も親と一緒に親の選んだもの(ゴジラとか)を見ている状態だったので、多分009方面は親のリサーチから外れていたのだろうと思われます。私が009ファンになったのはこのずっと後で、昔009の映画があったことを知ったのも大分後になってからでした。もうその時は自分の感覚でも昭和40年代の東映動画に興味はわかず、最初からちゃんとまともに見たのは実は大人になってからなのです。それも初見はブラウン管時代のテレビ、CMカットされた上、左右が切れてまともに感想を言えるような状態ではありませんでした。その後スカパーの東映チャンネルで録画する機会を得、やっとノーカット版をちゃんと見ることが出来ました。
1966年に子ども向けに作られたアニメだから、話はとてもシンプル。絵柄も昭和40年代だなあと思わせますが、この絵柄が話のシンプルさとマッチしてて、「平和と自由を愛し、悪を憎む」というフレーズもストレートに頭に入ってくる。色々と複雑になりすぎた大人の頭から見ると、このシンプルさに何かホッとするものがあります。
映画化に当たっては原作漫画から設定をけっこう変えてるようです。009ことジョーは少年院を脱走した少年ではなく、既にレーサーとして活躍している青年。髪は黒で、両目が出ており、石ノ森章太郎のジョーと言うよりは、もうほとんど東映オリジナルキャラ。私が長年今作に食指が動かなかったのは、ジョーのキャラデザインが石ノ森章太郎と全然違う!と言うのもあったのは確か。歌に出てくる「赤いマフラ~」も、実は赤いマフラーをしてるのは009だけで、衣装の色も009だけが白。子どもに009が主人公だと分かりやすくするためだったのでしょうか。
子どもに分かりやすくと言えば、007が子どもになってます(原作では大人)。007の変身技はアニメ映えするので、今作ではかなり効果を上げてます。007の子ども化は見ている子どもを作品世界に引き込む役目も担っていたと思われ、その効果はあったように思います。
技術面では映画にしては動画の使い回しがけっこう多いのが気になったけど、64分と短いし、初期の東映動画ではこんなものだったのだろうか…。
<ネタバレ>
話はサイボーグ9人とギルモア博士が幽霊島から脱出し、動き始めたブラックゴーストを倒すために再び幽霊島へ乗り込んで決着をつけると言うもの。ブラックゴーストは死の商人という原作設定が秀逸なおかげか、反戦思想も盛り込まれ、短い尺ながらも悪は人の心が生み出すものというところもちゃんと表現出来てる。003のバレエ姿とブラックゴーストの対比は当時の子どもにはかなり鮮烈に印象に残ったのではないでしょうか。
キャラデザはともかく、テキパキとリーダーぶりを発揮する009はよい。テキパキし過ぎてブラックゴーストの潜水艦を乗っ取る時、おとりに使った潜水艦を船員もろともあっさり犠牲にしちゃって苦渋なしなのは尺の都合と脳内補完しておこう(ちなみに原作ではこういう冷徹な部分は001が担当する)。003が捕まった時は幽霊島に乗り込む前にギルモア博士たちにちゃんと連絡入れてからにしろよとは思いましたが。皆さんラストで都合よく全員集合してくれますけど。
ブラックゴーストを倒した後は皆さん元の仕事に戻って世界に散りますが、何かあったらまた集合するよーと言うことで締め。当時の子どもにはアクションの面白さと反戦メッセージを伝える作品になっていたと思います。