AKIRA

1988年
時間 124分
監督 大友克洋

第3次世界大戦から31年、復興後のネオ東京。金田は仲間とバイクで暴走を楽しんでいた。ある日仲間の鉄雄が老人のような子どもタカシと接触したことで不思議な力に目覚め、自分を呼ぶ「アキラ」を目指して暴走。反政府活動家のケイと知り合った金田はケイたちと共に鉄雄を助けに向かうが、鉄雄はだんだん力をコントルール出来なくなっていく。鉄雄と対峙する金田、タカシと彼の仲間も鉄雄を止めようとするのだが──。

「AKIRA」は大友克洋の絵が好きで漫画原作を全巻揃えています。ともかくも画が凄くて、どちらかと言うとストーリーよりも画を楽しみたくて買った作品。当時は大友克洋の絵に影響を受けた人も多かったのでは。今作は漫画のアニメ映画化ですが、原作を2時間映画の枠に収めるため構成に少し変更があり、アキラの描写のしかたも原作とは違ってきてます。ただし映画の方も大友克洋が監督をやっているので、私の中では漫画もアニメもどちらも本物と認識。原作者自らが描いたバージョン違いとして楽しんでます。

アニメも画への拘りは凄いです。バイクが光の尾を引いて走るのも初めて見たし、大友漫画でよく出てくる衝撃が円形になるのもアニメの動きで見せてもらえると、おおっ!となる。破壊シーンの迫力と細かさ、カット割りやカメラワーク、見せ方に至るまで、ハリウッドに影響を与えたと聞いても頷ける描き込みよう。ゲリラやアーミーとの戦闘、鉄雄の超能力バトル、その動きの魅力は年月を経ても色あせない。

ストーリーの基本は原作と同じですが、映画用に構成を絞ったせいか、鉄雄の心情は漫画よりもよく出ている気がします。色々省略したおかげで映画は金田と鉄雄の友情の物語としても読めるようになってるのはいい。ただ、原作では重要な役割だったミヤコ様が映画ではただのモブになってしまったのは残念。個人的にはタケシ、マサル、キヨコが子どもの声だったのが意外だった…もうちょっと違うイメージ抱いてました(^^;。

以下は原作のネタバレも含んでいるのでご注意下さい。

<ネタバレ>

人間の潜在能力を引き出してコントロールしようとしたが失敗、というのが漫画・アニメ共通の基本設定。大戦前の実験で実験ナンバー28の男の子、アキラが力を発動して東京が壊滅。タケシたちはアキラの仲間で、キヨコが25号で予知・憑依などが得意。タカシは26号で念動・テレポートなどを使う。マサルが27号で浮遊するカプセルに座っており3人の中では冷静で大人な性格。ケイには触媒能力があり、ケイの体を使ってマサルたち3人の超能力が1つに合わさり、鉄雄に立ち向かうことになる。

金田と鉄雄は幼馴染みでいつも金田が兄貴分。鉄雄が虐められると金田が助けに来るのが2人のパターン。そのため鉄雄の中には金田への憧れとコンプレックスが育つ。だが暴走族をやってる彼らの精神はまだ幼い。コンプレックスを抱えた幼い精神が強大な力を手に入れてしまったらどうなるか…。潜在能力に目覚めてしまった鉄雄は金田の上を目指し暴走を始める。

カオリは原作では難民から鉄雄の世話係になるが、鉄雄にとって大切な心の支えになる。映画ではその過程を飛ばして最初からガールフレンドとして登場するが、鉄雄にとって大切な存在なのは同じようです。でも鉄雄はカオリを守れない。原作では部下にカオリを殺され、映画でも不良たちから守れずパワーを得ても力をコントロール出来ずにカオリを潰してしまう。鉄雄も本当は金田より強くなってカオリを守れる男になりたかっただけではないかと思う。だがその望みを果たすには得た力が大きすぎた。若くて未熟だった鉄雄の精神がアキラたちに少しでも癒されることを願いたい。

アキラは原作ではけっこう早めに冷凍睡眠から目覚めてウロウロしてましたが、映画では既に解体されバラバラの臓器になってたという設定。原作を読んでる者には意表を突く展開でそこはよかった。臓器から蘇ってみせるのも神々しい感じで、暴走を止められない鉄雄を飲み込んで別世界へ連れ去るのに相応しい神秘性が出せたかと。タカシたちもアキラと一緒に旅立っていきました。今はまだ無理でも人類の可能性を示唆してナンバーたちが旅立つのは原作もそうなので、SF面でのテーマは漫画もアニメも同じです。

アニメの動きを楽しむだけでも十二分な作品ですが、話の方は映画だけでは分かり難いところはあるとは思います。鉄雄のカオリへの思いの大きさは映画ではそこまで分からないですよね。ケイたちと根津の関係も、彼らが何故アキラを探しているのかも。映画を見て世界観が気に入った人は原作もどうぞ。大友克洋の絵も凄いですから。