トロン

1982年
時間 96分
監督 スティーブン・リズバーガー

かつてエンコム社の天才プログラマーだったフリンは自分の作ったゲームをデリンジャーに盗まれ、今は場末のゲームセンターを経営する身。盗作の証拠を掴むためエンコム社をハッキングしようとしたフリンは逆にデリンジャーのMCP(マスターコントロールコンピューター)にプログラムの世界へ送られてしまう。そこには親友アランのプログラム、トロンも捕らわれていた。フリンはトロンと一緒に電子の世界を支配するMCPに立ち向かう。

公開時に映画館で鑑賞。当時は初めて本格的にCGで作られた映画と話題になったものです。それはもう感動的でした! だってこんな映像、今までに見たことなかったんですよ、当時としては間違いなく斬新で画期的な試みだったのです。

ただCGの世界は進歩が速すぎる。今作のほぼワイヤーのみでディテールはなく形も色も単純な世界は、今時の複雑なCGを見慣れた人には物足りな過ぎるかも知れないけど、そこはCG時代の夜明け作品として見てもらえればと。電子の世界をこういう形で表現してるんだと割り切れば、これはこれで面白いです。BDなら輪郭も滑らかで色も美しいし、シンプルの美学みたいなものも感じる。なお、映画全体から見ればCG部分は実はそう多くはなくて(当時としてはこれが精一杯だったと思われる)、人物登場シーンはセットと合成です。パンフレットによると白黒のセットを白黒のフィルムで撮影して後から色処理して特殊な効果を出していたそうです。

物語は人間がコンピューターの世界に入り込んで活躍するもので、これも当時は面白い発想だった。主人公がゲーム開発者で、エンコム社もゲームのヒットで大きくなった会社なので、ゲームがバトルの場になります。電子闘技場で光電子バイクを使って行われるライトサイクルゲームは続編にもアップデートして出てくるほどで、トロンのイメージ代表格みたいなゲームですね。難しいことは抜きにして動きのあるゲーム中心の展開にすることで、当時はまだ馴染みの少なかった仮想空間へもすんなり入っていけた気が。

プログラムたちは基本的にはそのプログラムを書いた人間が演じてます。だからアランの書いたトロンはアランの顔をしてます。MCPとMCPの部下サークはデリンジャーの顔。ローラとヨーリの関係はよく分かりませんが、ウォルター博士もプログラムの世界ではデュモントになっているので、人間世界とだいたい似たような位置関係になってるてことですかね。

<ネタバレ>

MCPはデリンジャーが書いたプログラムだけど、他のプログラムを吸収して電子の世界を支配し、やがては人間の世界までも支配しようと企む邪悪なプログラムに進化していた。もうデリンジャーまでMCPの言いなりになる有様。フリンの侵入に気付いたMCPはフリンを電子化してプログラムの世界へ転送してしまう。MCPは他の拉致してきたプログラムと同様にゲームでフリンを始末しようとしたが、フリンはゲーマーだからねえ(^^;。

そこでフリンが出会ったのがアランそっくりのトロン。トロンはアランが作った監視プログラムでMCPに捕まってゲームをさせられていた。トロンはアランと連絡を取りたいと思っていたが、アランもMCPに阻まれてトロンにアクセス出来なくて困っていた。よっしゃ脱出してアランと連絡を取ろう!てことで、ライトサイクルゲームで隙を突いて闘技場から脱出。このレースゲームとバイク、当時のCGの限界を逆手にとったようなアイデアで面白かった。

途中、フリンとアランは離れ離れになることもあったが、その間にトロンは何とかアランと連絡を取ってMCPを倒す情報を入手。フリンは電子世界をいろいろ体験しながらソーラー帆船でトロンと合流。ソーラー帆船は素直に美しいと思いました。フリンは電子化されていてもプログラムじゃないので、普通のプログラムには出来ないことも出来たりするようで(プログラムを動かす側の人間だからね)アランの助けに。

MCP本体のデザインがショボいのは大目に見る。フリンは天才プログラマー設定の割には熱血してましたね。MCPが倒されて電子世界に本来の秩序が戻っていく時の描写はきれいでした。これまで風景が無味乾燥だったのは、CG技術の限界ではなくてこの時のためだったの?(と思うことにする)。フリンは著作権を取り戻し、エンコム社のボスに収まるのでした。大団円。

コンピューター世界の擬人化はよく出来ていたと思います。ディスクの使い方とか情報のやり取りとか、その辺は今見ても十分楽しませてくれる作品です。