マトリックス3部作 まとめと考察

マトリックスシリーズ、大好きです。公開時は忙しくてなかなか映画館へ行く時間が取れなかったのですが、これだけは頑張って3作全部映画館まで出向いて鑑賞してきました。当時は衝撃的だった斬新なアクションと仮想現実の映像体験をさせてくれたのが面白かった。1作目だけならエンターテイメントとして完結していたものが、2作目以降謎部分がクローズアップされて様々な解釈を呼び、結末への感想や意見が人によって分かれる作品になりました。それもこの作品の面白いところです。

ここでは3作の紹介と各話の感想で書き切れなかったことと、3作全体から見た感想・考察などをまとめてみたいと思います。以下は3作全てのネタバレを含んでいますのでご注意を。

マトリックス

3部作1作目
1999年
136分
ネタバレ感想はこちら

単体でも立つエンターテイメント作品ですが、3部作の1作目として見れば「覚醒編」てところでしょうか。仮想世界マトリックスで暮らしていたネオが現実に目覚めて、機械(AI)の支配から人間を解放する救世主として立ち上がります。仮想世界のスタイリッシュなアクションが魅力。終盤のネオのかっこよさにはしびれる。

マトリックス リローデッド

3部作2作目
2003年
138分
ネタバレ感想はこちら

機械と人間の戦いが最終決戦に入る。2作目と3作目は1つのお話としてつながっているので、今作を一言で言うと「最終決戦:前編」ですね。ここでネオは自分がなぜ救世主なのか、その真実を知ることになる。それは衝撃だったが、ネオはそこを乗り越えて人間としての「選択」を行います。

マトリックス レボリューションズ

3部作3作目
2003年
129分
ネタバレ感想はこちら

「最終決戦:後編」。2作目でネオが今まで誰も行わなかった「選択」をしたおかげで物語は新しい局面を迎える。ラストバトルなので仮想世界だけでなく現実(人間の町ザイオン)での描写も増えてきますが、ネオの最終決戦(実写ドラゴンボール^^;)は仮想世界で決めてくれます。

救世主伝説

今作は一言でいうと「機械vs人間」。21世紀の始めにAIが意識を持ち人間とAIの戦争が起こった。その結果人間はAIに支配されることになったが、人間側から救世主が生まれて機械から人間を解放し、人類を救う!というお話。ただしこれは人間側から見たお話。実は今作には2つの側面があり、同じ物語でも機械(AI)の側から見ると…?

ネオは機械のための救世主だった?

過去の戦争で人間が青空をなくし太陽光が使えなくなったため、機械は人間の体熱を動力にすることを思いつく。人間は意識だけ仮想空間マトリックスで過ごし、肉体は機械のための動力源として使われる。だが最初のマトリックスは完璧過ぎて人間には耐えられなかった。そこで設計者アーキテクトは、オラクル(人間の心理を分析しシステムに変化をもたらすプログラム=予言者)が偶然見つけた「選択」を与えることで人々を安定させた。だがこのやり方ではどうしても1%くらいアノマリーが出てしまう。アノマリーはシステムを脅かす。それがネオ。

そこでアーキテクトはアノマリーにマトリックスをリローデッド(初期化と再生)する役目を負わせた。マトリックスのシステムが不安定になるとアノマリーが出現し、アノマリーはマトリックスをリローデッドしマトリックスには再び安定がもたらされる。不安定要素が溜まってきたらまたアノマリーが出現して初期化を行う。これを過去5回繰り返してきた。ザイオンも実は人間が自発的に作った町ではなく、機械がアノマリーの受け皿のために作った町。だからザイオンもリローデッドの度に破壊・再生される。アノマリーとは発電のためにマトリックスを安定させるための、つまり機械のためにセッティングされた救世主だったわけです。

機械のための救世主が人間のための救世主に

オラクルは同じことの繰り返しではなく新しい変化を模索していた。彼女が望んだのは「戦争」ではなく「平和」。アノマリーには人類愛が組み込まれていたので、機械の計算通り「ソースに戻ってマトリックスを初期化」するしか選択肢はなかったのだが、オラクルは6人目のアノマリー・ネオに「トリニティーへの愛」を組み込み、これまでと違う選択肢を与えることでネオに賭けた。そしてネオに機械と取引できる「切り札」を用意した。それが暴走したスミス。スミスを止められる(中和できる)のはネオだけ。機械はスミスを止めるため、ネオの要求を呑んで、ザイオンへの攻撃を中止した。

これはオラクルにとっても確かに危険なゲーム(賭け)だった。ネオがスミスを倒せなければ機械も人類も全て滅んでしまう。オラクルは(スミスに取り込まれることも含めて)全て計算済みではあったろうけど、「賭け」と言うからには不確定要素もあったということだろうから。だがネオは理解した。救世主になった理由を。自分が動くのは愛する人たちを守るためだと。この時、ネオは機械のためではなく人間のための救世主になった。

そして人は機械から開放された。ザイオンは機械のための町ではなく、初めて本当の意味での「人間のための」町になった。もう機械はザイオンには干渉しない。マトリックスから出ていきたい人も止めない。こういう作品では最後のまとめ方がポイントになるかと思いますが、マトリックスではどちらかが勝ってどちらかが負けるのではなく、人も機械もどちらも生きる道が選ばれた。どちらも生きることでマトリックスも人の有り方も共に変化し、新しい道が開いた。と私は見ました。勝ち負けで白黒つけたい人には分かり難いかもしれないけど、この結末、好きです。

人への希望

人は機械から解放されたけど、本当の課題は「これから」ではないかという感じがします。なぜ人が機械に支配されるようになったのかはアニマトリックスで描かれてますが、それによると戦争のきっかけを作ったのは人間自身なので、マトリックスは自業自得の結果だとも言えそうです。だからオラクル(プログラム)がネオ(人間)を信じてくれたことが、また同じような過ちを繰り返してしまうかもしれない、でももっといい方向へ変われるかもしれない、そんな人間の不確定な可能性と未来を信じてみたい…ということにつながる気がして、それがマトリックスの一番言いたいことだったのかもしれないと思うのでした。

余談:あの後ネオは?
私の個人的想像ですが、ソースに戻ったんじゃないかと思います。ネオにはマトリックスにつながれている人たちを救う仕事がありますからね。出来ればトリニティーと幸せな余生を送って欲しかったですが、しかたがないかな。

ラストが機械側の描写で終わっている(サティの作る朝日)のは、今作には2つの側面があるので、人間側だけでなく機械側にとってもどういうことだったのか描いておく必要があったからだと思います。ただそのせいで人間側視点から見てた人にはちょっと分かり難くなったかも?

マトリックス3部作は見る者にも色々な「選択」を与えてくれるのがいいですね。そこかしこに散りばめられていているキーとなる言葉や暗示を自分の中で構築しながら掘り下げて考察してみるのもよし、単純にアクションものとして難しいことは考えず「ネオ、かっこいい~」だけでも十二分だし、好きなキャラを応援するのも良し、自分の好きな楽しみ方をすればいいと思うのです。

*2020年8月20日にリライト。

関連する記事

マトリックス

映画 2018/10/29

13F

映画 2021/07/05

トロン: レガシー

映画 2020/11/30