マトリックス

1999年
時間 136分
監督 ラリー・ウォシャウスキー
アンディ・ウォシャウスキー

プログラマーのトーマス・アンダーソンは裏ではハッカーのネオとして活動していた。ある日謎のメールを受け取り、自分が生きている世界がコンピューターに支配された仮想現実であることを知る。コンピューターと戦う人たちと出会ったネオは「現実」に目覚め、彼らと共にコンピュータから人間を解放する戦いに身を投じていくことになる…。

公開時に映画館で鑑賞。マトリックス3部作1作目。これはマトリックスに限らず、シリーズ化した作品全般について言えることですが、最初の1作はその後の興行展開を考えてか、単体で立つ作品に仕上がっていることが多いです。見ようと思ったきっかけは予告編の映像にハッとさせられたからですが、本編もその期待を裏切らないすごいアクションと映像で魅せてくれました。

落ちてくる緑の字とかワイヤーアクションの使い方とか、もうこの頃にはSFや特撮には慣れきっていて少々のことでは動じなくなっていた私でも「おおっ!」と思わせてくれる新鮮さと衝撃があったんですよね。トリニティの動きとかネオがエージェント・スミスの弾を避けるシーンとか、こんな映像初めて見たわ!という衝撃がありました。話もまとまっていて、1作目ならではの完成度があります。どんどん強くなっていくネオもたまらない~。ラストバトルのネオの服(広がる黒いコート)がまたスタイリッシュでかっこいいんだよなあ。

肉体は寝ていて精神だけが機械が作り出す仮想現実の世界で暮らす、という設定は、SFのネタとしては既出ではありましたが、この手の設定大好き人間には面白くてたまらなくて、マトリックスならではの部分に素直に浸って楽しみました。なお今作の仮想世界は「1999年をモデルにして作られた世界」という設定です。だからパソコンの型が古くても公衆電話があっても変じゃないのよ~1999年なんだから。おかげで年月を経ても問題なく見られる作品になっております。

<ネタバレ>

実は今作の舞台は1999年ではなく、もっと先の未来。2199年頃(約200年後ってことですね)だと言われるがモーフィアスにも正確な年代は分からない。本当はもっと未来かもしれない。21世紀の始めにAIが意識を持って人間とAIの戦いが始まり、その結果人間はAIを動かすための動力源にされてしまった。人々は体熱を動力源にされる代わりに意識はマトリックスと呼ばれる仮想世界で過ごす。人々はコンピューターが構築する仮想世界を現実だと思って生きている。

だがネオは最近違和感を感じていた。その疑問に応えてネオを「本当の現実」に目覚めさせたのがモーフィアス。本当の現実は過酷だった。過去の戦争で青空はなくなり、地上は荒廃。モーフィアスたちはネブカドネザル号でマトリックスへの侵入工作を行っており、艇内の食物も味気ないものしかない。サイファーの気持ちも分からなくはないです。本物ではないと分かっていても"美味しい"と感じたいんだよね。だからと言ってサイファーのしたことは許せることではないですが。真実に目を瞑って美味しい食事をとるか、真実を直視して不味い飯を食うか、生き方も問われそうな。

モーフィアスはネオを人類をAIから救う救世主だと信じてる。だがネオはモーフィアスの信頼する予言者から「救世主ではない」と告げられる。そして「救世主になった時は自分で分かる」とも。ネオが預言者から受けたのは「選択」することだった。その選択如何で未来が決まると。実は序盤から全編に渡って何回も出てくる「選択」がキーワードになっている気がします。道は2つに1つ。遅刻をやめるか転職するか。真実を知るか知らずにすますか。モーフィアスを生かすか自分を生かすか。どちらかを選べ。選ぶことで未来は変わっていく。ネオは選んだ。モーフィアスを助けるために自分が死ぬ選択こそが救世主への覚醒の道だった。

モーフィアス奪回のラストバトルは上がります! ひたすらアクションに見惚れる。脳にダウンロードするだけでヘリの操縦が出来るの便利~。覚醒後のネオすごい。あのエージェント・スミスを楽々やっつける。ラストでは空飛ぶし(もうスーパーマン状態^^;)。仮想現実ものですが、アクションとエンターテイメントも一級品です。

マトリックス リローデッド
マトリックス レボリューションズ
マトリックス3部作 まとめと考察

関連する記事

トロン: レガシー

映画 2020/11/30

トロン

映画 2020/11/26

13F

映画 2021/07/05