カウボーイ&エイリアン

カウボーイ&エイリアン 未体験ロング・バージョン BD

2011年
時間 118分
監督 ジョン・ファヴロー

1人の男が荒野で我に返るが、彼には記憶がなく、腕には変な腕輪がはまっていた。彼の辿り着いた町に"空飛ぶ悪魔"がやってきて人々をさらうが男の腕輪が1機を撃墜。町の支配者ダラーハイド大佐はさらわれた息子を取り戻すために部下と共に"空飛ぶ悪魔"を追い、腕輪の男も大佐と同行。男の記憶が必要だと言う女エラも加わり、一行が目指した先には…? 西部劇の時代にエイリアンが来たら?という想定で繰り広げられる異色のエイリアンウエスタン。

もしも西部劇の時代にエイリアンが現れたら? この発想が面白い。考えてみれば、エイリアンが現れるのは現代や未来に限らなくていいはず。これが古代だったら神話ファンタジー系になりかねないところだが、西部開拓時代ってところがミソです。この時代の人間には敵が宇宙人だと認識出来るほどの知識はない。宇宙人のテクノロジーも理解できないし、彼らに対抗できるほどのテクノロジーもない。この状態でどう戦うか。西部の男たちが馬と拳銃だけで"悪魔"に立ち向かうところが胸熱です。

主人公は最初の一瞬だけ、地球人ではない?もしくはこの時代の人間ではない?みたいな疑いを抱かせますが、実は普通にこの時代の人間で、素性もけっこう早くに判明します。名前はジェイク・ロネガンでお尋ね者。手配書が回っているので、保安官が見れば一発で分かるという次第。しかしロネガンは何かがあって記憶が飛んでる。腕輪もロネガン自身にも何なのか分からない。だがロネガンの腕輪はエイリアンが近づくと反応するので、記憶が飛んだのもエイリアンと何か関係が…?

ところで今作、エイリアン以外はまっとうな西部劇です。今は昔のようにインディアンを悪者にするわけにはいかない。白人でもインディアンでもない悪者、悪者に仕立てても誰からも文句を言われない敵役にエイリアンは打って付けです。エイリアンは白人もインディアンも見境なく(言い換えれば平等に)さらう。だからインディアンとの共闘も可能になる。今の時代に西部劇を描くとしたら…その答の1つが本作では。だからカテゴリとしてはエイリアンものではなく正しく西部劇ですね。エイリアンなのにセキュリティ云々とかの突っ込みは不要。西部劇にはお約束の悪者をエイリアンという形で表現してるだけ、と見るべきです。

<ネタバレ>

敵が宇宙から来たエイリアンだと理解するには西部時代の人間だけでは無理がある。そこで物語のサポート役として配されたのがエラ。エラは地球人ではなく、エラの惑星もあのエイリアンに滅ぼされた。敵が何者か、何故地球に来たか、地球で何をやっているのか、エイリアンをそのままにしておくと地球がどうなるか、それらの情報はエラからもたらされる。エラもエイリアンの基地を探していて、腕輪を見てロネガンがエイリアンの基地から逃げてきたことに気付く。ロネガンが思い出せば基地の場所が分かる。それで討伐隊に加わったのですね。

ならず者だったロネガンと、ロネガンに金貨を盗まれたダラーハイド大佐は敵対関係。それでも息子救出のために大佐はロネガンに協力を頼む。エイリアンに恋人を殺されたことを思い出したロネガンは救出作戦に協力。この2人の間にあった壁が友情と信頼に変わっていくのはやっぱりよい。町の人たちにもドラマがあり、祖父を救うために参加した少年の成長や、パブ運営兼医者が妻を取り戻すところには感動がある。

基地を兼ねていたエイリアンの宇宙船は爆破できて危機は回避された。保安官(もさらわれていた)はロネガンがさらわれた人たちを救出したことで手配書を不問にする。大佐はロネガンを牧場に誘うが、ロネガンは断って1人旅に出る。恋人は戻らなくても、ロネガンも彼なりに再出発できるようになったのではと思う。大佐のどら息子も怖い体験で改心できたようだ。寂れていた町は金の鉱脈で息を吹き返す。大団円は気持ちいいものです。

発想の面白さに加えて西部劇も楽しめて、個人的にはなかなかツボでした。

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