A.I.

2001年
時間 146分
監督 スティーヴン・スピルバーグ

世界の主要都市が海に沈んだ未来のお話。愛を持つ少年ロボット、デイビッドが作られた。デイビッドはモニカ夫婦に預けられ、モニカをママとして永遠に愛するようプログラムセットされる。しかし不治の病で冷凍保存されていたモニカの息子が奇跡的に回復した。不測の事態からモニカの息子を危険な目に遭わせてしまったデイビッドは捨てられてしまう。ママの愛を求めて人間の子どもになろうとしたデイビッドが辿り着いたのは──。

初めて見た時は素直に普通の感想を持ちました。デイビッド、捨てられてかわいそう、人間って勝手だよね、デイビッドの願いが叶いますように、だから最後はよかったね、デイビッド、号泣──。ところが2回目に見た時は、思いがけず1回目とは真逆の感想を持ってしまった。いったいどうしてそんなことになったのか…。

デイビッドが怖い。ただただひたすらモニカの愛を求め続けるデイビッドが怖い。もちろんそれはデイビッドのせいじゃない。モニカを愛し続けるようにプログラムされているのだから、デイビッド自身にはどうにもならない。それは分かっているし、だからこそ人間の身勝手さが際立つのだけど、それでもやっぱり怖い。

捨てられたデイビッドはどうしたらママの愛を得られるのか考えて、人間の子どもになれば愛されると思う。途中で出会ったジゴロのロボットと一緒に人間の子どもになる方法を探して世界の果てまで旅してまわる。でも人間になるってどういうことだろう? ロボットのAIと人間はどこが違うのだろう? あのラスト、デイビッドの願いは叶ったのだろうか。1回目は「叶った」と思った。2回目は「叶わなかった」と思った。この違いは何か…。

SFのはずなのに、タイトルも「A.I.」なのに、全体に漂う奇妙なおとぎ話感。ロボットたちのCGはよかったです。熊型ペットロボットのテディはデイビッドより古いはずなのに時にデイビッドより賢く見えることがあって、なかなかいいキャラ。

<ネタバレ>

自分のことを唯一で特別の存在と思っていたデイビッドだが、実はモデルがあった。息子を亡くしたホビー教授が息子に似せて作ったのだった。教授がしかけたヒントでホビー教授の下に辿り着くデイビッドだが、そこには大量のデイビッドと同タイプのロボットがいた…。そこでデイビッドに何か変化があれば…。

多分、そこなのだ。変化し成長するのが人間。自分の現実を受け入れ人間になる夢を諦められた時こそ、デイビッドは本当の意味で「人間」になれる。だがデイビッドは変わらない。変わらないが故に成長もない。その後もただひたすら妖精の人形に願い続け、2000年後に訪れた宇宙人に再起動された時もモニカを求める姿勢は変わらず、最後は自分の思い通りに動くモニカのクローンを手に入れてやっと満足するのである。

確かにデイビッドの願いは叶った。あの1日はデイビッドにとって至福の1日だったろう。しかし人間なら、1日しか生きられないモニカの命を自分の満足のために使い捨てられるか? 出来ないと思う。あのシーン、復活させられる人間目線になるとかなりゾッとする話である。結局デイビッドは最後までプログラムのままだった。人間にはなれなかった。だから2回目の感想はデイビッドの(人間になる)願いは「叶わなかった」なのである。

私の感想が180度変わったのは今作が「捨てられたデイビッドの話」だけでなく、「ロボットを捨てた人間が最後は逆にロボットに使い捨てられる話」にもなっていることに気付いてしまったからかもしれない。しかもそれをあんなかわいい少年に、それもデイビッド本人にはそんな自覚もないままにやらせているのが怖い。しかしそう思えばデイビッドがプログラムのままなのはある意味必然か。全体の雰囲気がおとぎ話ふうなのも寓話にもなってるからですね。

「使い捨てはよろしくない」がテーマとしても、「変わらない」ことをこれほど怖いと感じたことはないし「変われる」ことをこれほどありがたいと感じた作品もない。デイビッドよりもむしろ人間らしいテディにホッとする今作なのでした。

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