スチームボーイ

2004年
時間 126分
監督 大友克洋

時は19世紀末、ロンドン万国博覧会が開かれようとしていた頃。ジェームス・レイ・スチーム少年は祖父、父と続いた発明一家の三代目。ある日レイの元に、研究者として働いていた祖父ロイドから金属のボールが届く。それが大きな動力を秘める超高圧金属ボール、スチームボールだった。スチームボールを巡る大人たちの争いに巻き込まれるレイだが──。

映画館で見られなかったので1年以上遅れてレンタルで鑑賞した作品。後年、アニマックスで録画BDを手に入れました。

普通に面白かったです。公開当時どうしてあんなに酷評されていたのか分からないくらい。メッセージは明解だし、ストーリーは分かりやすいし、万人が楽しめる少年少女向け冒険活劇。自分でも意外だったのが、期待していたメカや動きの凄さより、物語の方へ気持ちが向いて見られたことですね。確かに企画時(映画公開より7年前)ならともかく、もう劇場作品ならあれぐらい描写できて当たり前の世の中になったし、映像的にも物語的にも衝撃的な新鮮さがあったわけではない。けれど、スチームボーイは映像だけを狙った作品ではないでしょう。

この作品のテーマは「科学と人の在り方についての、子どもたちへ向けられたメッセージ」だと思いました。科学と発明の大好きな主人公のレイ少年は、最初は大人たちの争いに巻き込まれる形で、祖父の言うとおりに動いたり、父の言うことにもなるほどと思ったりするのですが、最後は父でも祖父でもなく、「自分の判断と意志」でスチームボールをどう使うのか決めます。レイが垣間見た大人たちの本音と真実。それを知って越えられた時、少年は未来を継ぐ者になる。それをヒーローではなく、等身大の少年として描いた。そこが大友克洋なんだなと思いました。

驚いたのはスカーレット。あんな女の子が出てくるとは思ってなかったので(笑。でも彼女の奔放な無邪気さが物語を説教くさくするのを防いでくれてますね。これもまた変に神秘的な女の子じゃなくて、たまたま巻き込まれてしまった等身大の女の子ぶりがよろしい。レイと共に冒険したこの体験が彼女の未来にも何か形を投げかけるといいなと思いました。

レンタル時に一緒に見た子どもたちからは「ラピュタに似てるー」という意見が出てましたが、私はちょっと違うんじゃないかと思ってます。飛行石は天然の力だから人間が制御することは出来ないけど、スチームボールは人間が作ったものだから人間が制御可能。そこが違うと。
逆に言うと、飛行石は捨ててしまえばそれまでで、以後関わりあいにならなく出来るけど、科学は捨てること出来ないじゃないですか。人間が生み出したものなんだから。嫌でもこれから先も付き合っていかなきゃいけない。飛行石からは逃げられても科学からは逃げられない。共に歩むしかないんです。じゃあどう付き合えば良いのか皆で考えながら。まさにここがスチームボーイの核なんじゃないかと思うんですが、どうでしょう。

スチームボーイを知ったいきさつ

大友克洋を知ったのは「童夢」などの漫画からですが、やっぱり「AKIRA」で好きになりました。当時は衝撃的な作品で、私も少なからず影響受けただろうな~と思います。その大友克洋が新しい映画を作ると聞いて、おおっ、これは見たい、見なければ!と思ったのが1997年夏のことでした。その年のアニメージュ7月号で初めて「スチームボーイ」の企画を知ったのです。その当時の公開予定では1999年となっていました。そして翌年(98年)、アニメージュ1月号「デジタルエンジン」特集コーナーに再びスチームボーイの記事が。パイロット版と思われる映画のシーンやカットが多数掲載されていて、期待が高まったのを覚えています(今見直したら、ちゃんとクライマックスの一場面まで載ってて驚き)。

このアニメージュ1998年1月号には大友監督へのインタビュー記事も載っており、当時はまだ主流ではなかったフルデジタルアニメへの意欲と抱負を語っておられて興味深いです。この時から既に「冒険活劇漫画映画」という表現が使われており、そういう方向を目指されていたんだなというのが分かります。「大友克洋の少年少女向け冒険活劇漫画映画」が見られた!ってことで、もっと素直に楽しんでもいいんじゃないかと思うのです。