リュウの道

著者 石ノ森章太郎

地球に帰還した宇宙船フジ1号。だが、フジ1号のただ1人の生き残り、リュウの目に映った地球は変わり果てた姿になっていた…。宇宙港を覆う見渡す限りの原生林。襲ってくる恐ろしい姿の怪物たち。地球に何が起こったのか? 人間は1人も残っていないのか? 文明と人間を求めてリュウの長い旅が始まる…。

ふりかえれば。まだずっと小さい頃、歯医者のロビーで見かけたのが、多分この作品との最初の出会いだったと思います。石ノ森章太郎のことを知るのはそれから後のことですが、どうしても記憶に残っていたこの作品を読みたくて、探して探して、どこにも売ってなかったので(そうなんです、私が子どもの当時ですらこの有様…)、本屋で注文してやっと取り寄せてもらいました。それが以下の単行本です。講談社から出た講談社コミックス版で全8巻です。

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ただ残念なことに今はもう絶版みたいなので、AmazonはKindle版を貼らせてもらいますね。

竹書房版なら中古があるようなのでそれも以下に貼っておきますね。なお竹書房版は全5巻で収録されているようなので、講談社版よりは少し厚めなのかも。

リュウの道 (1) リュウの道 (2) リュウの道 (3) リュウの道 (4) リュウの道 (5)

当時の若い心に与えてくれた影響は大きかったですね。物語だけでなく、漫画の技法面でのショックも大きかったです。漫画でこれだけの表現が出来るのか!と。漫画描きの先生・教科書としても大きな存在になってくれました。それだけに思い出も深い作品です。いくら009や仮面ライダーが有名でも、個人的には漫画家・石ノ森章太郎の真の代表作は、
一大SF大作 「リュウの道」
だと思っています。しかしこれがテレビ等で石ノ森作品の特集があった時でも全く触れてもらえなかった不遇の作品なのですね…。

あふれるSFマインドの世界

これぞ本物のSFと思わせてくれる超スケールの作品。宇宙的視野から描かれる物語は壮大なスケールで読む人の精神を飲み込んでいきます。

主人公リュウは最初はどこにでもいる普通の少年ですが(時には自分の思慮の浅はかさから失敗することもあるような)、冒険の旅を通して人類の未来を考えられる人間に成長していきます。モンスター、ミュータント、無人都市、ロボット、異次元からの敵等、文明の風刺も兼ねながらリュウの旅はその1つ1つがワクワクする冒険譚になっています。が、話が進むにつれて冒険活劇はだんだん視野を広げていき、やがては人類の未来を問うスケールの大きな宇宙観・哲学論へと重なっていくのです。

第二部後半でリュウが覚醒して超進化するシーンのイメージ奔流描写は必見。斬新で実験的なコマ割りが惜しげなくどんどん投入され、台詞すら縦横斜めに飛び交うという常識を打ち破る手法が使われ、平面の紙の中に時間と空間を超える壮大な超時空世界を生み出しています。全編にみなぎるSFマインド、SFセンス、スペース感覚、石ノ森氏の「天才」の部分を余すところなく味わえる作品と言ってよいかと思います。

ラストの解釈(注:ネタバレ)

映画「2001年宇宙の旅」と似ていると言われることもあるようですが、私は微塵も似ているとは思わなかった。映画館で「2001年宇宙の旅」を見ており、同作品のラスト映像もちゃんと知っている上で、1mmも似ているとは思わなかった。もちろん氏が影響を受けたということはあるだろうけど、受けた影響をそのまま真似するのと影響をかみ砕いて完全消化した上で再構築するのは別物ではないか? 石ノ森氏の真髄は他に類を見ないコマ割りと画面構成のセンスにある。漫画でしか出来ない表現でイメージの奔流をやってのけたのだ。これね、簡単に出来ることではないですよ。自分で描いてみれば分かるけど、オリジナルな発想が出来ないと不可能。そういう意味では真似どころか、2001年を越えていると思う。

ラストの胎児は話の流れからリュウとマリアの子どもなのは明らか。となると胎児がいる場所は当然マリアの子宮ということになる。私は胎児が宇宙に浮かぶシーンを見て「子宮は宇宙だったんだ!」と感動した。胎児は子宮という宇宙の中で生物の進化と人類の創世を全てなぞりながら成長する。胎児が子宮にいる期間は外から見れば10ヶ月だが、中の胎児にとってそれは永遠とも言える時空の旅かもしれない。私たちは皆宇宙を見ながら育ったのだ──と考えればとてもロマンチックではありませんか。作品的にはあのシーンはもちろん新しい人類の始まりを意味しているが、それは2001年のコスモチャイルドとは全く別のものである。

物語のシーンとは前後のストーリーがあって初めて意味を持つもの。同じシーンでも前後の流れが違うだけで全く別のものになる。だから私の脳は胎児のシーンを2001年と似ているとは認識できなかったのだ。だがそれが正解だと思う。女性の子宮を宇宙に例えた発想は素晴らしい。いい締めくくりだったと思います。

リュウ三部作

実は「リュウの道」は同じ名前の少年がいろいろな時代で活躍する連作の1つで、これは未来編に当たります。現代編が「番長惑星」で、太古編が「原始少年リュウ」になります。ただ、手塚治虫の「火の鳥」のように話がつながっているわけではなくて、1つ1つは独立した別の話になっていますが。「番長惑星」は実家にいた頃、部屋の整理のために処分してしまい、手元に残していないのが今になって悔やまれます。

知られざる名作

この作品があまり知られていないようなのは残念。アニメ化されてないから知名度が低かったのだろうか。今となっては科学的な部分で時代遅れになってしまったところもありますが、偉大な作品なのは間違いないので、触れられもしないのはあんまりだと思う。有名になった作品だけでなく、漫画家石ノ森章太郎の隠れた代表作を、もっと多くの人に知ってもらえたら嬉しいな…と思います。